最新.4-4『優位から見える残虐さ』
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版婆三曹 ……… 武器A
柚稲一士 ……… 武器B
塹壕に設置された九二式重機が独特の発砲音を響かせ、火を吹き続けている。
迫撃砲からの砲撃によって防御体制を崩され、各所で身を晒している傭兵達。
「………」
版婆三曹の操る九二式重機関銃は、そんな彼等へは無慈悲に銃弾を浴びせ続ける。
「三曹、左ッ側にまだ固まってます!」
「見えてる、喚くな」
大多数の傭兵は馬の亡骸やわずかな岩場、窪みなどに身を隠して行ったが、逃げ遅れた傭兵の姿が所々に見られる。
その中でも敵の固まっている所に照準を合わせ、押し鉄を押す。
そして照準を覗きながら、重機自体を少しづつ旋回させてゆく。
それだけで、照準の先では傭兵達が一人また一人と亡骸となり、ぬかるんだ地面へと身を沈めていった。
「二曹。敵、展開行動を再開!」
だが傭兵達も当然、一方的に攻撃され続けるつもりなど無いようだ。
峨奈が動き出した傭兵を確認し、報告を上げる。
砲撃が終わってから約一分、混乱状態からいくらか統制を取り戻したのか、傭兵隊は再び防御体勢への展開を始めた。
「展開をさせるな、動き出した敵を優先して攻撃しろ」
二曹の指示に、各機関銃が行動を始めた傭兵に狙いを付け、発砲する。
狙われ、撃ち抜かれた傭兵は地面へと倒れてゆく。
だが、それを目の当たりにしても、生き残った傭兵は止まらなかった。
銃撃を逃れた傭兵達は各所で集合し、こちらに向けて盾を構え、防御体制を取った。
「敵に十数名の損害、しかし行動は継続中!」
「こけ脅しが効くのは最初だけか」
恐れを知らぬ敵の行動に、長沼は言葉を漏らした。
「クソ」
その横では、樫端が悪態を吐きながら自身の小銃を構える。
一番近い位置で横並びになった傭兵グループを狙い、発砲する。
しかし、撃ちだされた5.56mm弾は、傭兵達の構えた分厚い盾に跳ね返されてしまった。
「チクショウ!」
「落ち着け樫端。落ち着いてよく狙――隠れろ!」
樫端を落ち着かせようとした峨奈三曹。
だが彼は途中で言葉を切り、叫ぶ。
それと同時に樫端を塹壕内に押し込み、自らも塹壕内へ身を隠した。
「うッ!?」
その直後、傭兵達の放った無数の矢が飛来、塹壕の上を矢が掠めていった。
「アブねぇ……!最前列の敵グループより攻撃、敵は攻撃態勢を完了させています!」
峨奈は攻撃に冷や汗をかきながら、長沼に報告を上げる。
「香故三曹、50口径で彼等を黙らせろ」
「了解」
香故と呼ばれた12.7mm重機関銃に着く隊員が、長沼の指示に応じて傭兵に向けて射撃を開始。
香故三曹が押し鉄を押し、銃口から12.7mm弾が轟音と共に撃ち出される。
撃ち出された12.7mm弾は傭兵グループの元へ到達すると、分厚い盾を、そして盾の主である傭兵を容易に貫き、盾の破片と傭兵の血肉を四散させた。
香故三曹が重機関銃を旋回させると、横並びで並んでいた傭兵達は次々と血を飛び散らせ、肉片を辺りにばら撒いて行く。
「恨むなよ」
香故三曹は表情を少し歪めながら、一言呟いた。
「敵隊列に動きあり。最前列のグループが後退、代わって後方のグループ二つが前に出ようとしています」
12.7mm重機関銃の銃撃を受け、最前列に位置していたグループの生き残りが後退してゆく。
それと入れ代わりに二つのグループが前へと出てきた。
「各小銃手は後退するグループに対応しろ。機関銃、前に出てきたグループに攻撃を集中」
各小銃手は下がってゆく傭兵達の後退を阻止するべく発砲を始める。
12.7mm重機関銃は照準を、後退を始めたグループから前に出てきた傭兵グループへと移し、再び唸り声を上げた。
撃ちだされた12.7mm弾は、先ほど同様、傭兵達を弾き飛ばし、肉片に変えるものと思われた。
しかし、
「!」
傭兵は倒れなかった。
撃ち出された12.7mm弾は、確かに傭兵達の元へと到達し、彼等の構える盾に命中。
彼等に凄まじい衝撃を与えた。
だがそれだけだった。
彼等は一人として倒れる事も血を噴き出すこともなく、いまだにその場で盾を構え続けていた。
「今の見たか?」
「50口径が……防がれた?」
眼下で起こった事態に、銃手の香故と、補佐の女性隊員が怪訝な声を上げる。
「んな馬鹿なことが――チッ!」
重機関銃からの銃撃が一瞬途絶えたところへ、再び矢が襲来する。
「攻撃を絶やすな。効果が無いわけではない、牽制を続けろ」
長沼は隊員等に攻撃続行の指示を飛ばす。
「二曹!」
だが指示を出した直後に、隣にいた峨奈三曹が叫んだ。
「?」
峨奈の声を聞くと同時に、長沼は視界に妙な違和感を覚えた。
眼下の谷間の光景が、まるで色つきのガラスやスクリーン越しに見ているように、霞みだしたからだ。
そしてそれが錯覚ではなくその通りなのだと分かる。
違和感はしだいにはっきりと光景として現われる。
谷間にいる傭兵隊全体を覆うように、緑の半透明のドームが。
そしてその緑のドームをさらに覆うように、青い半透明が現われた。
「ありゃ……なんだ?」
「ドーム?CG……じゃないよね……?」
突然現われた正体不明のドームに、壕の各所から声が上がる。
「糞、気色悪い!」
香故三曹が声を上げ、重機関銃の押し鉄を押し、ドームに向けて発砲する。
撃ち出された12.7mm弾は半透明のドームを通過し、中にいる傭兵隊へと届く。
切り撃ちで十発以上撃ち込まれた弾は、そこに数名分の死体を築くはずだった、
が――
「あ?」
弾が注ぎ込まれた場所に、倒れている者は一人も居なかった。
弾の半数近くは傭兵達の盾に防がれたようだ。
いや、それでも盾の隙間を縫って後ろの傭兵達へと届いた弾があり、それらは傭兵達にそれなりの損害を与えるはずだった。
だが、塹壕側から見る限り、狙われた傭兵達にそのような様子はなかった。
「嘘でしょ……?」
「おい冗談きついぜ」
悪態を吐きながらも、香故三曹は再び押し鉄を押し、ドームに向けて12.7mm弾を数発撃ち込む。
しかし、やはり有効打が与えられている様子はなかった。
「各機関銃、ドーム内への発砲は控えろ。近づく敵だけを警戒、ムダ弾を使うな。
小銃手、後ろの弓兵だけを狙え。殺傷できなくとも牽制にはなるはずだ」
長沼は困惑する隊員等を制し、指示を飛ばす。
「二曹、あのドーム……」
「分かっている。おそらく弾の威力が殺されている」
長沼と峨奈三曹は言葉を交わしながらも、ドームの観察を続ける。
「………」
その時、落下して行く照明弾が長沼の視界に入った。
照明弾は先に外側の青色のドームをくぐり、続いて内側の緑のドームを通過する。
その通過した瞬間、照明弾の光は極端に弱くなった。
「あの二つのドーム、どちらもエネルギーを減少させているのか?だが物体そのものは消滅していない………樫端」
少しの間考えた後、長沼は口を開く。
「迫撃砲部隊に再度砲撃準備を要請」
「え?は、はい!」
「史谷」
樫端に指示を出した後、今度は史谷に声をかける。
史谷は落下して行く照明弾に変わり、新たな照明弾を撃ち出した所だった。
「は」
「あのドームに向けて一発撃ちこめ」
傭兵隊は二種類の半透明のドームに覆われたの空間の中で、防御体制を取っていた。
依然として崖の上からは、奇妙な鏃が無数に放たれてくる。
しかし術師たちが施した各種魔法によって、攻撃の脅威度は低下していた。
今、傭兵隊を覆っている二つのドーム。
その内の、外側を覆う青い半透明のドームは、レイニシルダと呼ばれる魔法で、ドームを通過した物体の運動エネルギーを大きく低下させる働きを持つ。
この効果によって強烈だった奇妙な鏃の衝撃は、投石程度にまで抑えられていた。
そして傭兵達自身に施された防御魔法、ミルシーダ。
これは単純に、施された対象の硬度と衝撃を吸収する力を上げる物だ。
これにより傭兵達は、生身ながら鎧を纏ったような効果を得ていた。
そして、無機物には本来効果を発揮しないこの魔法だが、傭兵達の盾には魔法結晶が埋め込まれており、
この結晶を媒介に、盾は本来の物よりもさらに高い防御力を得ている。
これらの魔法により作り出された環境が、傭兵隊の強力な守りとなっていた。
「手を休めるな!ウォト隊、リンナ隊、キキリ隊は攻撃を続けろ!タナマ隊とルキ隊は負傷者の回収を急げ!」
強靭な防御要塞となった空間の中心で、頭領は指示を飛ばしている。
「トイチナ、攻撃魔法は?」
「アイネ隊がスティアレイナの準備にかかっています」
「急がせろ」
防御体制が整い、傭兵隊は攻撃に転じ始めていた。
弓兵は、次々に弓を引き、丘の上に攻撃を加えて行く。
逆に丘の上からの攻撃は、魔法防御による無力化を察してか、若干収まっていた。
「頭領、敵の攻撃が収まっています。攻撃魔法の実行と同時に、ここから撤退しましょう」
「いや、攻めるぞ」
トイチナは撤退を具申をしたが、頭領はそれを却下し、正面の敵陣地を攻める旨を伝えた。
「し、しかし!先ほどの爆炎攻撃がまたいつ来るか!」
「だからだ!先ほどの攻撃の正体、そしてどこまで届くのか皆目不明だ。レイニシルダやマーヴェウォイルで防げるという保障も無い」
反論するトイチナに、頭領はまくし立てて理由を説明する。
「だが、あの威力だ。懐に潜り込めば下手に使えない可能性はある。
攻撃が収まっている今のうちこそ……」
頭領の台詞は唐突に上がった爆音に遮られた。
魔法の壁に覆われた空間の内側、展開する傭兵隊の左端で爆炎が上がった。
「クソォ!きやがったッ!」
「おちつけー!下手に動けば敵の餌食だぞ、体勢を崩すなー!」
頭領は大声を張り上げてから、爆炎があがった箇所を見る。
その場にいた数名の傭兵が直撃を受けて死亡、さらに近くにいた数名が負傷したようだった。
「ッ、マーヴェウォイルでも防げんかぁ!」
忌々しそうに唸る頭領。
マーヴェウォイルという魔法は、熱、光、電気など、力学的エネルギー以外の主だったエネルギーに対して効果を発揮する。
火炎弾や雷攻撃など、何らかのエネルギーによる殺傷効果を期待する魔法攻撃に対して、
マーヴェウォイルにより発生した緑のドームは、これらの持つ攻撃力を大きく低下させる事ができる。
これは魔法攻撃だけでなく、火矢などにも有効であった。
だが、今さっき傭兵隊に襲い掛かった攻撃には、マーヴェウォイルによる威力の低下が見られなかった。
それを除いても、傭兵達はミルシーダによる防御力の底上げを受けている。
にもかかわらず、直撃を受けた傭兵達はただでは済まず、周囲に居た者も重傷を負った。
「どういう攻撃なんだ!?こんなものガーディエ系魔法かもっと上位のシルダ系魔法でもなければ防げません!」
「うろたえるな!今この場にない物をねだっても何もならん!聞けー!崖の麓、敵の死角まで移動するぞ!
キキリ隊、ルキ隊はただちに前進!ウォト隊、リンナ隊の弓兵は前進を援護しろ!」
頭領は叫ぶトイチナを叱咤、傭兵達に次の指示を飛ばす。
だが頭領が発した直後、音が聞こえた。
先ほど響き渡った音と同じ、風が吹く音とも、口笛の音ともつかない奇妙な音。
「この音ッ!急げぇ!さらに攻撃が来るぞォ!」
頭領が発した瞬間、爆音が響いた。
傭兵隊を覆うドームの内側で複数の爆炎が上がり、各所で傭兵達の体が舞い上がった。
「臆するなーッ!この攻撃は必ず当たるわけではなーいッ!」
再び統制を崩しかけた傭兵隊に、頭領は怒号を飛ばす。
頭領は爆炎が上がる瞬間を観察し、爆炎の内のいくつかは、あまり効果的ではない場所で上がっている事に気付いた。
不確定要素で、気休めの域を出ないが、頭領の言葉は傭兵達の心理的負担をわずかにだが軽くした。
「確実に行動しろ!キキリ隊、ルキ隊!防御魔法の外に出たら、死角まで決して足を止めるなッ!」
頭領の言葉を受け、傭兵は必死の前進を開始する。
「ウォト隊、リンナ隊!援護の手も絶やすな!タナマ隊、負傷者を運び出せるように準備をしておけ!」
爆炎攻撃が続く中で、各傭兵グループは与えられた指示を確実にこなしてゆく。
だが、ひとつの爆炎があがった直後、事態は起こった。
「!」
傭兵隊を覆っていた青と緑、二つの半透明のドームがゆっくりと姿を消して行く。
「頭領!リンナ隊付近で爆炎を確認!」
「マイニとヒストがやられたのか、クソ!」
爆炎は魔法の壁を張っていた術者を襲い、主を失ったことによって、二つの魔法はその力を維持できなくなったのだ。
「全隊、ただちに前進ッ!全ての隊は二手に分かれて前進しろーッ!」
もちろん予想できていた事だった。
頭領はすぐさま全グループに別の指示を飛ばす。
「崖下にたどり着いたら再結集し――」
しかしその最中に、頭領達の近くで爆炎があがった。
「うぁッ!?」
「ヅッ!」
頭領やトイチナ、そして二人の周りで盾を構えていた傭兵達が体勢を崩す。
そして、
「ガッ!?」
次の瞬間、頭領の体を謎の鏃が貫いた。
「なッ!?頭領ッ!!」
頭領は血と肉片を胸部から飛び散らせた、地面に倒れる。
「しまった!そんなッ!」
「頭領!」
トイチナが頭領へ駆け寄り、傭兵達はあわてて頭領の周囲を固め直す。
「……い、行け……指揮を執れ……!」
口から血を流し、かすれた声で頭領はトイチナに言う。
「ダメです、頭領!!」
「たの……む……」
最後にそう言葉を紡ぐと、頭領はそれ以上動く事はなくなった。
「………」
「親狼隊長ッ!」
「クソォッ!前進だ!崖の下まで避難しろ、走れェッ!」
「迫撃砲弾、第5派着弾を確認。敵部隊に損害多数!」
てき弾、迫撃砲弾による攻撃は有効だった。
傭兵隊の周囲に現われたドームは、物体が通り抜ける瞬間にそのエネルギーを減少させる効果をもつようだった。
逆を言えば物体が完全に遮断される事は無く、撃ち込まれた66mmてき弾はドームの内部に入り込んで炸裂、傭兵にダメージを与えた。
炸裂兵器による有効打が確認され、迫撃砲による第二次攻撃が敢行された。
迫撃砲弾はドームによって、落下速度に多少の影響を受けながらも、傭兵隊の元へと着弾。
傭兵達へ爆炎と破片を届ける役目をしっかりと果たした。
「見ろ、ドームが消えて行く」
そして降り注いだ迫撃砲弾の一発が、ドームを出現させていた何らかの装置、もしくはオペレーターを排除したらしい。
傭兵隊を覆っていたドームは、頭頂部より溶けるように崩壊して行き、やがて完全に消滅した。
「二曹!敵部隊、さらに二グループが突撃を開始!」
66mmてき弾が撃ち込まれた直後から始まっていた傭兵隊の突撃は、
砲撃による損耗、そして魔法による防御を失った事により、一層激しさを増した。
「うッ!」
いくつかの傭兵グループは、弓矢で味方の前進を援護するべく、砲撃に晒されるのを覚悟で踏みとどまっていた。
彼等の放つ矢が、塹壕の上を掠めてゆく。
「あの中で、まだこれだけの矢を飛ばしてくるか!?」
「焦るな。こちらは接近する敵の排除を優先、後方の敵グループは迫撃砲に任せろ」
弓兵の援護の下、苛烈に突撃を敢行する傭兵達。
倒して塹壕の隊員等は、激しい弾幕と砲火でこれを迎え撃った。
「中央右側のグループ、誰か対応しろ!」
「こっちで吹っ飛ばす、待ってろ」
各機関銃と小銃、そしててき弾は眼下の傭兵達に激しい攻撃を加える。
各員は必死に銃の引き金を引き、重機関銃の押し鉄に力を込める。
「盾を持ってる連中が厄介……!まだこっちの弾を防いでる」
「しつこく狙うんだ!もう魔法の恩恵は無い、突き崩せ!」
盾を持つ傭兵達の中には、その防御効果でいくらか銃撃を耐え凌ぐ者もいた。
だがそういった者達も、集中砲火によって押し切られるか、てき弾や迫撃砲弾の直撃を受け、吹き飛ばされる。
そうして傭兵達は激しい攻撃に次々と傷つき、数を減らして行く。
しかし、傭兵達は突撃を止めなかった。
銃弾を受けて仲間が倒れ、砲弾の爆炎や破片で自身が重症を負いながらも、彼等は足を止める事も、弓を引く手を休める事も無かった。
「……なんてやつらだ」
そんな彼等の姿に、塹壕のどこかからそんな声が上がった。
勇敢な突撃の末、銃撃の隙を付いて崖の下へたどり着くチラホラと現われ出す。
それに合わせて、後方で弓矢での援護を行っていたグループも、体勢を解いて散会、こちらへと走り出した。
「敵残存戦力、大多数がこちらへ接近しつつあり」
「迫撃砲部隊に砲撃停止を要請。これ以上、有効な攻撃は望めない。
こちらからの銃撃のみで敵を叩く」
長沼の指示が無線で迫撃砲部隊へ送られ、迫撃砲からの砲撃が停止。
谷間に迫撃砲弾による爆炎が上がらなくなる。
対して、塹壕からの傭兵達に対する攻撃はより苛烈さを増した。
「版婆三曹、左側からの突撃に対応しろ」
長沼から九二式重機を操作する版婆三曹に指示が下る。
「了解」
版婆三曹はその指示に一言返した。
(いい加減にして欲しいぜ……)
版婆は指定された目標を照準に捉え、押し鉄に力を込める。
保弾板に並ぶ7.7mm弾が、重機横の給弾口に吸い込まれ、銃口から吐き出される。
九二式重機は一人、二人、三人と傭兵達を薙ぎ倒し、保弾板に並ぶ30発の7.7mm弾を全て吐き出した。
「次の保弾板、装填します!」
「ちょい待て、銃身が限界だ」
九二式重機の銃身が熱を持ち、雨粒が銃身に落ちるたびに、小さな煙が上がっている。
「九二重、銃身を交換する!」
「了解。その間はこっちで押さえる、急げよ」
周囲に銃身の交換に入る旨を告げ、作業に取り掛かる。
「換えの銃身、用意しとけ」
補佐の柚稲一士にそう言い、重機の銃身を取り外そうとした時だった。
眼下の、照明弾に照らされた谷の中。
肉眼でも見えるギリギリ距離に、それは見えてしまった。
両足共に太股より下を失い、苦痛に顔を歪ませながら這いつくばっている、一人の傭兵の姿が。
「……イカれてる」
「三曹?どうしました?」
「なんでもない、急ぐぞ」
可能な限り急いで作業を進め、銃身の交換を完了させる。
「交換完了、攻撃再開する」
交換の終わった重機に新しい保弾板を装填し、銃を旋回させる。
版婆が真っ先に狙ったのは、両足を失い、今も苦痛に苛まれている一人の傭兵。
彼を苦しみから解放すべく、押鉄に力を込めた。
重機から撃ち出された7.7mm弾、傭兵の体を貫く。
彼を苦しみから解放すると同時に、彼の命を終わらせた。
「………」
版婆それを見届けた後、自身の役割を全うするべく、重機を他の目標へと向ける。